2017年6月9日金曜日

出会いと別れのメカニズムを考える、多分会える人ってのは貴重なんだと思うブログ。

 先日あるお通夜にいきまして、別れの中で久々の友人との再会が

ありました。ある人が言ったんですが(リリーフランキーさんだと思う)

「通夜振る舞いは故人から最後の奢り」

その通夜振る舞いの中で、久しぶりに会う人と話していたんですが

「○○さん(故人)が久しぶりに会う機会を作ってくれたんだね」

という話になったんですが、

「会う機会」

これって物凄いことだと思うんですよ、家が近くても数年会わない人もいますし

高速で4時間(新潟から東京ぐらい)かかるのに毎年会う人もいる。

今日はちょっと出会いと別れのメカニズムについて考えていこうと思います。

 よく

「縁がない」 「縁がある」って言葉が使われるんですが、縁という

よくわからない存在はある、と考えています。

縁あって、とか縁がなくて、とかいうのはある。

そのなかで 「縁がある」というもののなかに

・縁を引き寄せるパターン

・縁が来たパターン

という2種類あって、偶然の出会いは

・縁が来たパターン だと考えます。

もうひとつの

・縁を引き寄せるパターン

これは運ではないところがあります。

よく 「類は友を呼ぶ」とか「準備をすれば先生が来る」という言い方、

スピリチュアル的に言えば「引き寄せ」という言葉になるんですが、これ

あります。

例えば最近多い芸能人の不祥事なんですが、これは悪いほうの

「引き寄せ」で、売れてる芸能人ってお金も持っているし、会って見たい

人も多い、そうなると寄ってくる人が多いわけです、で人が多くなれば

かならず悪い人が一定量いるはずで、悪い人はだいたい刺激的なわけなんですよ

それでつるむようになっておかしくなる。

逆にいい「引き寄せ」パターンも多くて、ある野球選手が若いときちょっと

素行が良くなかったんですよ、である時期から素行もちゃんとして、成績も

伸びてきたんですがそれをある評論家の人が

「いい影響を与えた人がいるはずだ」と言ってたんですが、人生において

いい影響を与えてくれる人は必ずどこかで表れるわけで、その人に対して

どう接するかがポイントだと見ているのですが・・・

自分はスポーツの試合予想すると全然当たらないんですが、この選手

監督は良いな、と思うと結構当たる気がしてるんですけど、いい人(

選手、監督)の光りかたってあるんですよ、でその光りかたは

あからさまに光ってるのもあるんですが、じわっと光ってる気がする。

チカチカやギラギラしてないけどじわっと穏やかに光る。

なんか怪しい方向に来たんで話を戻しましょう^^

 これも何かの本で見たのですが

「出会いが多いと婚期は遅くなる」

おそらくこの意見はあっていて、レストランでメニューが多いか少ないかの

ようなものだと思うんですよ。多いメニューの店に行くと迷うことが

あるんですが、それと婚期は似ているのかなと思いますね、少なすぎても

どうかという話になるんですが、出会いが多いから良いというものでもない、

そしてメニューを選んだから良い、というものではなく選んでからが

勝負なんだ!(まだ結婚してませんが笑)

昔、というと抽象的すぎるんですが今60代より上の世代っておそらく

「メニュー多くなかった」世代だと思うんですよ、でも今の若い世代

(20代)と比べて不幸だったということでもない、今の時代のほうが

出会いを簡単に得ることが出来ますが、その簡単な分だけ質も良くないわけで

出会いの量はそれほど重要でもない気がします。

 出会いがあるということは別れもあるということなんですが、この

出会いと別れのメカニズムを

「循環」だと思っているんですね、おそらく人の関係って何人までとか

だいたい決まってると思うんですよ、電話帳に100人いても利害抜きで

付き合える人はそんなにいないじゃないですか?その限られた一部の人が

一人減ったら、新たに一人入る人がいるという考えのわけで。

恋愛の歌で売れる女性ミュージシャンって結構

「引きずる系」の歌を歌ってるじゃないですか?それが売れるってことは

みんないろんなことを「引きずって」生きてるんですよ、自分もそういう面が

もちろんあるんですが

「会えない人」を追うのは果たしていいことなのか?

そう考えますと「会えない人」より今いる「会える人」が僕は重要だと

思うんですね、冒頭に書いた葬式の話になるんですが

「会える人」がずっと「会える人」ではないんですよ、どっかで

絶対「会えない人」になるわけで、最初から「会えない人」を追いかけるってのは

損なような気がする。

ないものに目を向けるより、あるものを見る、自分の考えはこれですね。

 最近はそれほどプロレスを見てないんですが、プロレスが大好きで

新日から全日に行って議員もやってる西村選手、というレスラーがいるんですが

クラシックなスタイルなんですよ、その戦いのなかで関節技をかけて

相手がロープに逃げたりするわけです、そうすると西村選手は

「別れるときはクリーンに」技を解くわけですよ、その行為めちゃくちゃ

哲学的じゃないですかね?

人って(死ぬ以外で)ちょっと考えが合わなかったりして疎遠になるときって

あると思うんですよ、で、その時って悪く言いたくなるし悪く思いたくなる

じゃないですか?しかし

「縁があってまたどこかで再会」することもあると思うんです、そういうときの

為にも

「クリーンなブレイク」です!

プロレスは反則4カウントまで可です、ときにはぎりぎりまでダメージを

与えるのも悪くはないのですが、ブレイク(技を解け)と言われたとき

さわやかに技を解くのもいいのではないでしょうか。

きょうのまとめ

・出会いは質、しかし質量転化の法則というものもある

・良いことをしてると良いことが、悪いことをしてると悪いことが

起きやすいのでは?

・偶然の出会いは捉え方で変わる

・別れを意識すると優しくなれる、しかし別れを意識しすぎると

なんにもできなくなる

・スポーツ選手の移籍や加入は出会いと別れの大事さを教えてくれる

 今日は真面目に書いたので、次回は不真面目に行きます

次回は「巨乳は見ちゃう、でも微乳も見ちゃう(仮)」

です、では良い夜を! naoto:-)


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